ーおせんころがしー
千葉県勝浦市にある名勝地だ。名前をご存知の方も多いと思う。おせんころがしの歴史はいつなのかはっきりしないほど古いが、名前の由来にもなった有名な話がある。

「昔この地域を支配していた豪族にお仙という娘がいた。お仙は優しい娘で、日頃から年貢に苦しむ領民に心を痛め、強欲な父親を説得しようとしていたが聞き入れてもらえなかった。そんな中領民たちは苦しみに耐えきれずお仙の父親の殺害を計画した。それを知ったお仙は父のふりをして領民たちに自分を崖から突き落とさせた。翌朝になってから突き落としたのがお仙だと知った領民たちは自分達の行いに悲嘆にくれ地蔵尊を建て供養したと言われている。さすがの父親もこれを機に心を入れ替えた。」

というものである。このように土地としての歴史は古いが街道としての歴史は浅く、明治時代である。江戸時代、内房は参覲交代でも使われる房総往還によりそれぞれの集落は1本の道で繋がっていたが、外房の集落はそれぞれ千葉と繋がる街道はあったものの、相互で繋ぐ環状線のような道は小道程度で貧弱であった。明治になり外房の各集落を繋ぐ道として現在の国道128号の前身となる道が完成した。おせんころがしはその頃から街道としての役割を担うようになった。しかし断崖絶壁に作られた道は災害にも弱く、大変危険な為、代替路が昭和20年代には完成し、おせんころがしは旧道となった。

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その後、昭和27年にはおせんころがし殺人事件という残虐な一家殺人の舞台にもなった。この事件の詳細についてここには記述しないが、気になる方は調べてみていただきたい。
その後も転落事故や投身自殺が多かったようだ。こんな悲しい話が多い道はなかなかないのではないか。そのせいか現道のおせんころがしトンネルは心霊スポット扱いされている。
実は昨年もおせんころがしを訪れているのだがSL勝浦撮影のついでできていたので探索はしていなかった。

前置きが長くなったが、探索は最寄駅の行川アイランド駅から行った。
おせんころがし付近は道が3本ありそれぞれ現国道の旧道、旧旧道(おせんころがし)となっているが、旧旧道は前回探索済み(未執筆)なので今回は現国道を通り南側からおせんころがしを攻略しようと思う。

大沢バス停から階段を下ると大沢集落に向かう道に出る。橋の真下に道がある。さらに下に行くと橋の下に漁港に向かうトンネルがある珍しい光景が見られるが漁港は立ち入り禁止の為割愛。 階段横の小道を入るとおせんころがしだ。

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入口から足場が危うい。
誰かここに住んでいるのだろうか。慎重に進んだが誰もいなかった。この辺りはまだ人の出入りがあるため踏み跡が残っているが、物が置かれている場所を過ぎると藪が始まる

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崩落してきたのだろうか。小石が散乱していて滑りやすい。藪をつかみながら慎重に進むとコンクリートで固められた路盤にたどり着く。

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当たり前だが柵もなく、足を滑らせたら即死だろう。幸いにもコンクリは綺麗に巻かれているので足元は安定している。
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それにしても崖の上から下まで全てコンクリート固めになっている景色は異様だ。しかしこの無機質な空間にもしっかりと道は残っている。遊歩道にしたら人気が出そうなくらい美しい眺めだ。この超自然な海と超人為な擁壁の対比がなんとも言えない雰囲気を醸し出し興奮させる。

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振り返ると鴨川まで続く断崖絶壁とそこを這うように通る道が見える。よくここに道を通したと本当に感心する。
かなり海側に立っていて下を見るととても怖いのだがあまりに景色がよく近づいてしまった。

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道幅は1.5車線ほどで歩いている分には落ちる恐怖などは感じないがそれは風が弱く天候が良いからだろう。
ひたすら上り坂だが明治にはここを馬車が通っていたそうだ。対向からも来たらどう避けたのだろう。

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海をみながら飲み物を飲んだりのんびりしながら進んでいくと再び藪がやってきた。どうやら崩落しているようだ。崩落時期はかなり前で笹やススキといった植物が密集している。

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コンクリ擁壁はここまでなのですべりおちたら止まることなく漁港へまっしぐらだ。なるべく高巻きして藪をつかみながら進んでいく。激藪すぎてむしろ落ちないのではと思うくらい茂っていた。


しばらくするとコンクリで固められていない路盤が現れた。これが本来のおせんころがしの路盤だ。木が生えているものの路盤自体は大変しっかり残っている。道はこの先、お仙を供養するための地蔵尊がある広場に出る。
その手前に藪に埋もれた古レールを使用した柵があった。

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そうして最後の藪を抜けると地蔵尊がある広場にたどり着く。ここは一応名勝地扱いだが看板と石塔があるだけで勝浦市がこの地を観光地化する気がないことがわかる。
石塔の裏に登ることができ、大半の観光客はここに登って「きゃー怖い」といって帰っていく。勝浦市はもう少しここを観光地化することを考えても良いのではと思ってしまう。

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無事に探索を終えることができたので感謝と追悼の気持ちを込めてお仙を供養する石塔にお参りしてから帰った。

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昔の旅人たちはここをどんな気持ちで通ってきたのだろうか。景色こそ美しいが、地名に残すほど彼らはこの場所を恐れていたのではないだろうか。

おせんころがしは大半の情報がわかっていることから今回机上調査は実施しない。最後までご覧いただきありがとうございました。